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2004/06/14 アッシジ:コムーネ広場


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旧市街の中央、コムーネ広場。
西の空も殆ど闇に覆われてしまった。

右手に見えるのはローマ時代から残るミネルヴァ神殿。
神殿とは言っても、現在では教会として用いられている。
何かとフランチェスコで知られるアッシジ。
そのためか中世のイメージばかりが先行しがちだが、
その歴史はもっと古い。
アッシジについての最も古い記述は2世紀にまで遡る。
アレキサンドリアの天文・地理学者プトレマイオス(天動説の創始者)の著書に
現イタリア中部の町アイシシオンについての記述があり、
これがアッシジのことであろうとされている。
また、町の東端にはローマ円形劇場の跡も残っている。

写ってはいないが、神殿の手前に市役所がある。
織物商にして大富豪の息子として生を受けたフランチェスコ、
彼が出家の意志を父ピエトロ・ディ・ベルナルドーネに表明したのも
この広場であったと伝えられている。

彼が信仰心に目覚めてすぐの頃、教会に入り浸って観想の生活を続け、
家の資財をこっそり持ち出しては
教会に寄進したり貧者への施しを行っていたのだが、
商売を継がせたかった父ピエトロはその行いに大激怒。
市の参事会員などに息子を提訴し
この広場で公衆の見守る中、家に戻るよう彼に訴えた。
この時フランチェスコは
衣服を脱ぎ捨て、手持ちの金も全て父親に手渡して
「自分はこれで貴方の息子ではなく、神の使い手となった」と
応えたのだそうだ。

2003年2月9日

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